デス・オーバチュア
第39話「現象概念」





「光喰いか?……珍しいな、まだ生き残りが居たのか?」
白衣の男は楽しげな笑みを口元に浮かべながら、わたくしを見下していた。
わたくしは地に蹲っている。
たった今、この男の力で叩き伏せられたのだ。
本来なら、わたくしにとって餌であるはずの光の力によって……。
「……そうだな、それも一興かもな」
男は独りで何かを考え、納得したようだ。
「お前、俺が飼ってやるよ。天敵を傍に置くのも面白い」
何を言っているのだろう、この男は?
わたくしには理解できない。
「俺の血をやろう。そうすればお前はもっと強くなる。オッドアイやミッドナイト、クソガキの魔王共と同等ぐらいにはなれるだろう」
『血』は『智』にして、『力』そのものを意味する。
血を与えるといことは、自らの力を分け与え、自分の同族や下僕にすることだ。
「いいか、お前は今日から俺の物だ」
それは宣言なのか、命令なのか。
「だが、俺はお前の精神まで支配するつもりはない。俺を倒すだけの自信と覚悟があるのなら、いつでも挑んできてかまわないぞ。まあ、俺がお前ごときに望むことは……俺を退屈させるな、俺を楽しませろ、それだけだ」
気まぐれ、戯れ。
わたくしを生かすのも、下僕にするのも、それだけの理由だ。
「光栄に思え、この俺が使い魔なんて持つ気になったのは、魔界誕生以来初めてのことだ」
そう言って男は、わたしの了解など取らずに契約の儀式を始める。
わたくしはこの日、光輝の魔皇の唯一人の使い魔になった。




「…………」
ルーファスはDの顔面を左手で鷲掴みにすると、Dを上空に放り投げた。
左手の掌を空中のDに向ける。
「光輝天舞!」
ルーファスの左掌から莫大な黄金の光が撃ちだされた。
黄金の光はDを呑み込み、さらにブラックの空を光で埋め尽くす。
「ちっ! やっぱりこの姿ではこの程度が限界か」
空を覆い尽くしてた光が晴れると、無傷のDがゆっくりと降下してきた。
「素晴らしく刺激的な光でした……山の一つや二つ……そうですね、スレイヴィアぐらいなら一撃で吹き飛ばす威力はあったかもしれませんね」
Dはとても艶やかというか、生気に溢れた顔立ちをしている。
明らかに、光輝天舞をくらう前より、力に満ち溢れているように見えた。
「これでも、この前あのケダモノとやった時よりは力が戻ってきてるんだがな……お前相手じゃ大差ないか。餌にしかならねえ……」
「ふふふっ、御馳走様でした」
Dはとても艶やかに笑う。
『手伝ってやろうか?』
「っっ……」
突然、第三者の声が聞こえてきたかと思うと、Dの右頬が浅く切り裂かれた。
左頬から黒い血が流れ出す。
「……血? そんな馬鹿なことが……」
Dは頬の傷から流れでる血を指で拭うと、黒く染まった指先を呆然と見つめた。
「っ!?」
先程と同じ感覚を感じたDは瞬時にエナジーバリアで全身を包み込む。
「くぅぅっ!?」
突き出してたDの右掌が切り裂かれ黒い血が噴き出した。
久し振りに感じる明確な『痛み』。
Dは自分を傷つけた者を睨みつけた。
長身の細身を漆黒のロングコートに隠した、銀髪に青眼の冷たい美貌の青年。
青年には左腕が無く、右腕には青銀色の輝きを放つ美しい剣が握られていた。
「余計な世話だったか?」
青年はルーファスに冷笑的な笑みを浮かべながら尋ねる。
「いや、助かったよ。どこのどなたか知らないが、後を引き受けてもらえるともっと助かる。俺はそろそろ行かなきゃいけないところがあるんでね」
ルーファスは余裕ありげな笑みを浮かべて答えた。
「いいだろう。グリーンの方は成功と堂々と言える感じじゃなかったんでな。その分、ここで稼がせてもらうか」
青年、ガイ・リフレインは冷たい笑みを深めると、右手の剣を振りかぶる。
「くっ!」
ガイが右手を振り下ろすよりも速く、Dが左手を突き出した。
左掌から闇が吹き出し、ガイを呑み込もうとする。
「フッ」
ガイが剣を振り下ろすと、闇は真っ二つに切り裂かれた。
Dの左掌ごと……。
「ぐぅっ! はああっ!」
Dの周りに一斉に無数の闇の球体が生まれると、ガイに向かって襲いかかった。
「遅い」
ガイが剣を一度横に振ったかと思うと、全ての闇の球体が同時に切断され消滅する。
「ほう」
ルーファスが感心したような声を上げた。
「っぅぅ」
Dの周りに凄まじい勢いで闇の球体が増殖していく。
闇の球体達はDの姿を覆い隠してなお、さらに増え続けた。
「ちっ、完全に我を失ってやがるな」
数百、数千年ぶりに『斬られた』というわけではあるまい。
それは、この前、クロスにゼノンの剣で斬られた時のことだ。
だが、その時のDは今のように動揺はしなかった。
それはゼノンの剣、ゼノンの力なら自分の体を傷つけることができると知っていたから、認めていたからである。
今回の場合は、自分を傷つける可能性があるゼノンでも、ルーファスでもない、得体の知れない人間の男の剣によって自分が斬られたという事実が認められなくて、一時的に混乱しているのだ。
「冷静に考えれば簡単なことだろうが……これだから普段楽をしている奴は……」
「……消えろっ!」
普段の余裕のある上品な口調と違うDの乱暴な言葉。
それを合図に全ての闇の弾丸が一斉に解き放たれた。
闇の弾幕。
一発一発が人間を跡形もなく吹き飛ばす威力を持つ闇の弾丸、それが数千発と同時に放たれたのである。
全てが爆発すれば、最低でもブラックの首都が跡形もなく吹き飛ぶのは間違いなかった。
「面白い……反三重……」
ガイはあらゆる攻撃を三倍に増幅させて打ち返す静寂の夜の必殺技を発動せようとする。
「ば、馬鹿! 国どころか大陸自体が消し……」
ガイの行おうとしている技を瞬時に見抜いたルーファスが叫んだ。



カチッ。
小さな音がやけに綺麗に響いた。
数千の闇の弾丸は始めから存在していなかったかのように綺麗に消え去っており、爆発が起きたような様子もない。
闇の弾丸達の代わりに、ガイとDの間の丁度中間に一振りの剣が突き刺さっていた。
それは奇妙な剣。
青紫色の長剣と短剣を柄の部分で繋ぎ合わせたような両方の先端が刃になっている剣と呼んで良いのかも解らない奇妙な武具だった。
「げっ……」
ルーファスが凄く嫌そうな声を上げる。
「これは、魔……ああっ!?」
正気を取り戻したDを、四方八方の空間から突然出現した白銀の鎖が絡み付こうとした。
Dは空高く跳び上がってかわす。
鎖達は生き物のように途中で軌道を変え、Dの後を追い、彼女の左足に絡み付いた。
「切られれば、切れる……それは本来当然の理だというのに……そんなことで取り乱すとは……闇の姫君(ダークハイネス)の名が泣きますわ」
四方八方の空間から生えるように出現したはずの鎖が、ある一点に向かって伸びている。
その鎖の集まる先に一人の着物の女性が立っていた。
鎖は彼女の着物の袖から飛び出し、Dの左足に絡み付いているのである。
「魔……リンネ様、いつ地上へお越しに……?」
「無駄ですよ、闇の姫君。私の鎖は『拘束』の現象概念を持つ……例え、闇の塊であるあなたでも逃れることはできない……」
「……解っています。その上、どんな物質を持ってしても断ち切ることもできない……それこそ『斬る』という現象概念でも持っていない限り……」
Dはちらりとガイに視線を向けた。
ありとあらゆるモノを『斬る』……『斬れないない』モノでも『斬る』……それが『斬る』という現象概念である。
このガイという青年は、魔王ゼノンしか持っていないと思われていた『斬る』現象概念を持っているのだ。
どんな鋭い刃でも斬ることも触れることすらできない闇ですら『斬れる』、それこそが現象概念の力。
ありとあらゆる『法則』を超越した『現象』にして『概念』。
自然法則、化学法則、物理法則、全てを無視して現象を起こす絶対の概念。
「法則を屁理屈で凌駕する……それが現象概念……」
現象概念に対抗できるのはより強い現象概念だけだ。
例えば、どんな物でも斬れない鎖というのがリンネの現象概念。
どんな物でも斬れる剣というのがガイの現象概念。
この二つの現象概念がぶつかった時、鎖は斬れるのか? 斬れないのか?
矛盾。
本来、最強や絶対というものは一つしか存在しないのだ。
意志の力は、想いは、あらゆる法則を超越する。
現象概念の源は精神と意志。
ガイより強い想いで鎖は斬れないとリンネが思い込めば鎖は斬れず、リンネより強い想いで鎖は斬れるとガイが思い込めば鎖は斬れるのだ。
「わたくしは『闇』……如何なるモノもわたくしを斬ることも捕らえるもできない……」
「無駄です。あなたの闇の現象概念で私の鎖をすり抜けることは不可能……なぜなら、私の方が強いのですから……想いが……」
「……解りました。では、ルーファス様、今日の所はこれで……」
Dは視線をルーファスに移す。
「ああ、またな」
「……逃げるのですか、闇の姫君?」
「『斬』、『光』、『時(拘束)』……三つもの現象概念を同時に相手にする程、わたくしは愚かではありませんわ」
「ふふ……どうやら、完全にいつもの自分を取り戻したようですね」
「お陰様で……では、ごきげんよう」
Dは手刀で鎖の絡み付いた左足を迷わず切り落とすと、黒い闇に転じ、空に溶け込むように消え去った。



「ふふ……どうかしら?」
「……悪くない。元通りだ」
ガイは『左手』で持った青銀色の剣を自由自在に動かしていた。
「……それは何よりです。感覚がおかしかったら遠慮なく言ってくださいね、微調整しますので……」
「ああ。だが、なぜ、お前は俺の左腕を治す?」
「ふふ……さあ、なぜかしら?」
リンネは艶っぽい笑みでガイの問いをかわすと、ルーファスに向き直る。
ルーファスはずっと不機嫌そうな表情で立っていた。
「直接会うのはあの時以来ね……ここの世界の時間で20年ぐらい前だったかしら?」
「ああ、俺の今の肉体の年齢分の長さだな。そっちでは瞬き一回分もない時間だろう? 感覚的には」
「ふふ……そうでもありませんわ。皆、あなたが居なくてから退屈しておりましたのよ」
「ふん、百年やそこらなんてまったく会わないことだってよくあっただろうが」
「同じ百年でも、会おうと思えばいつでも会えるのと、会いたくても居場所が分からないのではまるで違います」
「……まあ、あいつらからすればそうだろうが、お前は別だろう」
「ええ、私だけは全て知っていましたわ。何しろ……あなたがこの世界に来る手引きをしたのは他ならぬ私ですもの……」
「…………」
「ふふ……さて、では参りましょうか」
リンネはそう言うと一人でさっさと歩き出す。
ルーファスがついてくるのを確信しているかのように。
「どこへ?」
「あなたの大切な……玩具の所へですわ」
リンネの目の前の空間に、巨大な門が出現した。
















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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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